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「3人のレンガ職人」の話って知ってますか? [気楽に読んでね(^-^)]

本当に久しぶりに入ったモ○バーガーで持ち帰りを待つ間、ビジネスタイムラインという無料の「クリエイティブ経済誌」を手に取りました。


ビジネスで成功した人の特集が組まれているらしいです。


その中に編集長さんの言葉があって、イソップ寓話が取り上げられてました。

 

3人のレンガ職人がいて、一人は特別な目的も持たず、ただひたすらレンガを積んでいます。

一人は、歴史に残る偉大な大聖堂を造っているという気持ちを持ってレンガを積んでいます。

まあもう一人はこの中間と言うところでしょうが、同じレンガを積むという行為でも、結果は大きく異なってくるという、仕事に対する取り組みの姿勢の大切さを説く話だそうです。


皆さんはもちろん、二番目の、壮大な目標を持ってレンガを積む人が一番偉大な仕事をする人だと、編集長さんの思惑通りの答えをされたのだろうと思います。


でも、あまのじゃくな私の答えは違いました。


坐禅(座禅)の言葉です。

 坐禅(座禅)は無心にするのがいいのです。大きな目標を持ってやるものではありません。

そんなことを考えるのは邪道です。

ただひたすら、損得など考えずに、一瞬一瞬に集中してするのです。


だから禅の話からすれば、一番目のただひたすらレンガを積み上げてる職人が一番いいことになります。



でもまあこんなことを考えるあまのじゃくが多いせいか、長野はどうにも魅力的とは言い難い地味な町です。


特別な目的も持たず、ただひたすらレンガを積んでる人が多いからでしょうか?(^^;;


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アスリートたちの完璧 [気楽に読んでね(^-^)]

今頃皆様がたは、夜も寝ないで平昌オリンピックをご覧になっていらっしゃるのでは?


私はいつも録画で見ます。Liveで見るのは心臓に悪い!結果がわかって安心しきってニュースで見るのが好きなのです。(^^;;


それにしても羽生結弦選手、凄いですねえ。

あれだけのケガを抱えて、ぶっつけ本番で、まったくいつもと同じ滑りが出来るのですから・・・。


彼は何よりメンタルが強い。もちろん日本人離れした体躯とか、もって生まれたものにはかなり恵まれたとはいえ、普通オリンピックの4か月前に大きなけがをして、その後一度も試合に出ずしてオリンピックに出場となれば、誰だって不安を抱えてのスタートになると思います。


それが試合には出ずとも「僕はそれだけの練習を積んできた。不安は全くない。」と言い放ち、その言葉を裏付けるだけの結果を見せつけ、観客を魅了する。


彼を見ていると、不安というのは臆病者の気弱さにつけ入るもので、一から十まで強気、強気で押し通せば、不安などつけ入る隙もないのだということを教えられるような気がします。


もちろん強気を支えているのは「自分はいつも最善の努力をし続けてきた。自分の練習は誰にも負けない!」と言い切れる自信に他なりません。


つまり毎日のたゆまぬ努力が自信につながる訳です。


一年365日をただただその競技のためだけに使い切る覚悟。

青春を犠牲にして殉教者のようにわき目もふらず、勝てば大絶賛、負ければ誹謗中傷の気まぐれな大衆とも戦い、コンマ一秒でも早く、0.1ポイントでも高く、自らに記録を科してきたのです。


なんという力!そしてなんという思いの強さ!なんという長い間の挑戦でしょう!


アスリートたちは多かれ少なかれメンタルを強化するために瞑想をしているようです。

特に高梨沙羅さんはメンタルトレーニングをしたことを話してましたね。


彼らの瞑想は、きっと自分をより上の段階に持っていくための難行苦行の坐禅と同じものだと思います。


今の自分を変えるためのトレーニングです。そして彼らには難行苦行するだけの体力も気力も知力も備わっているのです。


難行苦行の坐禅(座禅)と楽々坐禅(座禅)。

難行苦行の坐禅は、限られた優秀な人々だけでいいと思います。


私が勧めるのは、この私でも出来た楽ちん坐禅(座禅)。

この楽ちん座禅なら、今のあなたそのままで、幸せになりますよ。(^-^)


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適性の無い仕事  その2 [とんでも人間、とんでも薬剤師]

出来ない人が出来るようになる時、当然のことながら努力練習が必要です。

昨日で出来なかったものが今日突然出来るようになるというのはほぼありません。

もしもあるとしたら、逆上がりや跳び箱の練習を毎日続けていて、突然出来た!という時くらいでしょう。

結局は練習のたまものなのです


普通の人なら、努力と出来映えは比例します。


ところが私の場合、たとえばどんなに気をつけていてもケアレスミスをする。

まあこういう人間ですから、私の「努力」は皆様の「努力」には遠く及ばないのかもしれませんが。(^^;;

 

それでもとりあえず自分では一生懸命に間違いをしないように努力しているつもりなのにも関わらず、「えっ!うそ!」が止まりません。

調剤そのものを間違うことよりもまだマシですが、保険請求に間違いがあって戻って来るレセプトが毎月のようにハンパなくあります。


間違いが頻繁に起こると、だんだん自分の調剤に自信がなくなります。

こんな風に間違えているうちに、そのうち命に関わるような重大な事故を起こして、

誰かを殺してしまうんじゃないか!

それが私の中での最大の怖れです。


よく言われますよね。出来ないことは諦めて、出来ることだけ努力しようって。

自分の中で、いくら注意しても努力をしても減らない数々の失敗をゼロにするのは「出来ないこと」なのであり、それをなくす努力を重ねることは、まあ、無理、無駄なことのようです。

笠原十兵衛薬局の処方箋が飛びぬけて少ないのは、そんな事情があるのです。(^^;;

 

調剤数が少ないから、薬の知識もほとんど増えない。

あっ、こっちは私が怠けているからです。(^^;;


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適性の無い仕事 [とんでも人間、とんでも薬剤師]

今回は少し「九子のダメ母の証日記」と共通する部分があります。


私、今でも鮮明に覚えているのですが、大学生の頃近くの公民館みたいなところでするサークル活動みたいなのに誘われていった時、一人の女の子と知り合いました。


「薬科大生なの?凄いわね!」と言われて、私はなんのためらいもなく、何時も皆に言ってる言葉を繰り返しました。

「いや、私は親の言うままに薬大に入ったの。適性なんかまったく無いし、本当はすぐにでもやめたいのよ。」


それを聞いた彼女の顔つきは突然険しくなりました。

「あなた、何言ってるの?そんな甘えたこと言ってるんじゃ無いわよ!

 薬大に入りたくたって入れない人、薬剤師になりたくたってなれない人がたくさん居るのよ。あなたはしっかり勉強して、立派な薬剤師さんにならなきゃ!!」


今思えば、彼女もたまたまそういう人たちの一人だったのかもしれません。

とにかく九子は彼女の剣幕にたじたじとしてしまい、でも現実はどう考えても立派な薬剤師にはなれそうも無いし・・。泣きたい気持ちになりました。


何時も言うように私は不器用要領も悪いので、一つの事をするのに人の何倍も時間がかかります。その上出来上がりの見た目も最悪。


でも、手早で良く出来る人は、もしかしたら出来ない人間のことなどわからないでいるかもしれません。


人は皆、自分を基準にして物を考えますから、このくらいのことはこのくらいで出来そうなものだ・・という基準は、あくまでも自分中心です。

あの時の彼女もきっとそうだったのでしょう。


私が出来ることと、薬大の授業でする実験の力量の差が私にとってはあまりにも大きすぎて

沈みそうだったのです。

でもそれが、「出来る人」には理解できない。


(つづく)


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「出来ない人」は「ダメ人間」ではありません! [どうしても知って欲しい大切なこと]

久しぶりに坐禅(座禅)の本原稿を読み直してみました。

 「だめ」で検索すると、「だめ」や「ダメ」が十数か所出てきました。

多いといえば多いけど、全体の長さから言ったらそう多くも無いというのが私の印象でしょうか?


何が言いたいのか?


「ダメ」あるいは「だめ」と言う言葉は、「出来ない」と言う言葉で置き換えるべきではなかったか。


つまり、「出来ない」のは事実ですが、それがすなわちダメではない。

端的には、「出来ない人」イコール「ダメ人間」ではないということです。


私は坐禅(座禅)をするまでこれがわかりませんでした。

自分はなにをやらせても下手不注意不器用のろまだからダメなんだ!


小さい頃から手や身体を使う仕事はことごとく母に任せてきたので、人間、ちょっとやそっとやってみたところで急に手がうまく使えるようになるかと言われても、それは無理な相談なのです。


だから、お勉強だけは出来たはずの優等生は、急に劣等生になりました。

自分で考えて実験をすすめ、手を動かして結果を出すという未知なる分野では、自分は何もわからず、ただただ右往左往するだけの存在だったのです。


究極の「出来ない人」だった私が、坐禅(座禅)を知ることによって、「出来なくても気にしない人」になれました。


もちろん坐禅(座禅)の修行しだいでは、「分出来る人」にも「とても出来る人」にも「誰よりも出来る人」にもなれるのです。

私が「出来なくても気にしない人」にとどまっているのは、ひとえに私が怠け者だからです。


もしもあなたが自分の出来なさ加減にいらだって、いつも誰かに劣等感を感じている人だったら、どうぞ坐禅(座禅)をしてみてください。


少なくとも私のような「出来なくても気にしない人」にはなれますよ。(^-^)



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