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「みんなに感謝!」はうるわしいのか? [気楽に読んでね(^-^)]

こんなことを人気のサイトでつぶやいたらきっとたちまち炎上だろうと思いますが、幸か不幸か私のところはさほど来て下さる方も多くないので安心してもの申しましょう。(^^;;


このあいだ大谷翔平という打っても投げても凄い!という天才野球選手がアメリカのチームに入団する時の記者会見をチラッと見ました。

慣れない英語じゃなくて日本語だったのは良かったけれど、彼もまたありきたりのあの言葉を口にしていました。

みんな感謝!」

わかりますよ。日本人としたら、こういう時にこういう風に言わないと、お高く止まってるとか言われて嫌な思いをするからかもしれない。
もちろん心の底からそう思っているというのも間違いではないと思います。


だけど彼は天才で、自分の努力でここまで来たのだから、ましてやここはアメリカで、自分を卑下するなんてことが偉くも何とも無い土地柄なんだから、そこでこの言葉はどうなんでしょう。


大昔、野茂英雄がはじめて日本人として大リーグに入った時、彼はきっとそんなこと言わなかったと思います。
だって彼はたった一人で道を拓いたのですから。
それに彼の野生児的言動からは、そんな言葉は似つかわしくないからです。


その後、松井秀喜選手がニューヨークジャイアンツに入団して同じことを言った時は大変新鮮でした。
アメリカ人たちも、紳士松井の謙虚な言動に拍手を送っていました。


だけどそれから何人の日本人選手が海を渡ったことでしょう。

その記者会見の度に、同じ言葉を聞かされたら、アメリカ人はどう思うでしょう?

日本人というのは、自分では何も出来ない人種なのだろうか?

私がアメリカ人だったなら、きっとそう考えて肩をすくめると思います。


実は私の父は小粒な政治家で、市会議員というのを40年もやりましたが、選挙報道があるたびに落選した議員さんが「私の不徳の致すところで・・」と、もうこれっきりっきゃないというようなこの一言をつぶやいて、深々とお辞儀をするところが流れますよね。

これもすごく違和感がありました。


おかげさまで父は一度もこの一言を言わずにすみました。実はその先の祖父の代から80年間、我が家はこの言葉と無縁に過ごす事ができました。


候補者はもちろん、家族だって、選挙事務所だって、ものすごい熱気と、アドレナリンと、それはそれは昂揚した何十日間を過ごします。自分が落選するなんて思って選挙に出る人は居ないのです。絶対に自分は勝つ!ほかの誰が落選したって、自分だけは絶対に当選する!


それがまさかの落選ですもん。落ちるはずの無い自分が落ちたということに、どうやっても合点が行かない、どうしてだろう、どうしてだろうと思ってるはずなんです。

だったらどうしてそう言わないのでしょう。自分は一生懸命やったのに落ちてしまった。どこが悪かったのだろう。自分では納得がいかない

せめてそういう一言を言う人が居てもいいんじゃないですか?


みんな変にいい子ぶっちゃって「私の不徳の致すところ・・。」
どっか変じゃありませんか?


もちろん私はそういうのが悪いと言っているのではありません。自分では違和感を感じるけれど、そうやって日本人は社会の中で持ちつ持たれつ生きてきたというのは、紛れも無い事実だと思います。


坐禅(座禅)をすると、いろいろな人がいろいろな事を言い出して、あまり収まりのいい社会にはならないかもしれません。

でもそれは、「みんな」じゃなくて「一人ひとりの人間」が本音で生きている社会なのだと思います。(^-^)



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