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二つの坐禅(座禅) [どうしても知って欲しい大切なこと]

二つの坐禅(座禅)と言うと、知識のある人は曹洞宗の「只管打坐(しかんたざ)」臨済宗の「公案禅」の違いを思い浮かべるかもしれません。


「只管打坐(しかんたざ)」は、考えてはいけません。ただただ坐禅(座禅)に集中し、坐禅(座禅)になりきる。そのために、呼吸を数える。呼吸に集中することが重要になります。


「公案禅」の方は、「公案」というものをひたすら追求する・・のだと思います。
大本山活禅寺の坐禅(座禅)は曹洞宗の流れを汲むものですから、「公案禅」はよくわかりません。


確かにその二つの大きな違いがあることは確かなのですが、私がここで「二つ」と言っているのはその違いではありません。


「修行の坐禅(座禅)」と、「楽ちんで誰にも出来る坐禅(座禅)」の違いとでも申し上げましょうか?


私個人としては、「修行の坐禅(座禅)」は社会的に地位があり、より上を望む責任を負うリーダーのための坐禅(座禅)だと思っています。


そして「楽ちんで誰にも出来る坐禅(座禅)」こそ、昔の私のようにおどおどびくびく生きてきて、他人が怖く、世の中が怖く、不安で不安で、とてもじゃないけれど幸せになんか生きられないっていう人にぴったりの坐禅(座禅)だと思うのです。


この二つの坐禅(座禅)ですが、坐り方そのものはまったく同じです


要するに私みたいな人間は、集中力も根気も忍耐力も乏しいので、集中し続けることが難しい。

その結果、どうしてもぼーっと別のことを考えてしまうので、坐禅(座禅)の呼吸にたどりついたとしても、その呼吸を長時間、たとえば一時間、二時間と続けることが難しい。


正しい呼吸にたどりつけさえすれば、その時点で自然に楽しく幸せな気持ちになって、不安もあせりも心配もどこかに消え去ってしまって、自分は世界一幸せな人間と思えるようになる!

これは保証します!


実は私は、そこで満足してしまったのです。


もしもこの坐禅(座禅)の呼吸を長時間続けることが出来るようになれば、和尚さんのように、社会のリーダーたちのように、きっと自分の欠点を克服して、自分自身を変えられるような凄い坐禅(座禅)が出来るのだと思います。


でも私は今の自分で満足なのです!
坐禅(座禅)のおかげで自分が大好きになれたのです!


だから、別に、辛い修行をして自分を変えようなんて思いません!


これを読んで下さっていらっしゃる方の中で、自分が大嫌いな人いらっしゃいますか?
そういう人には坐禅(座禅)が是非お勧めです!

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